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奮龍2型/4型
奮龍2型は、敗色濃い昭和19年4月に軍令部が艦政本部と航空本部に対して要求した対空電探等の実現化の過程においての予備実験用ミサイルであり、奮龍4型は2型の後を受けて作られた実戦用の対B−29用迎撃ミサイルである。
当時はB−29を迎撃可能な兵器がどうしても必要な時期であり、奮龍には射程20000m以上、速度1200qでビームライディングによる誘導方式が要求された。
同年8月、「特型噴進弾」と命名されたこの兵器は
1型(地対艦ロケット弾・案のみ)
2型(後の奮龍2型・「三式噴進器2型」による固体ロケット推進、無線誘導。予備実験機)
3型(2型を液体ロケット化・案のみ)
4型(後の奮龍4型、液体ロケット、ビームライディング誘導)
このうち、2型は昭和19年末から20年春にかけて浅間山射場にて十数基がテストされた。
20年4月には電波誘導装置つきで発射実験が行われ、この実験は成功した。
一方、4型は実験機である2型の後を受けて射程延長を狙って液体ロケットエンジンに置き換えられ、終戦間際のこと、後を受けてとは言っても並行して開発が続けられた。
昭和20年7月には、各分野の専門家を集めた開発チームが熱海の旅館に「熱海新兵器設計所」を設置して開発を進めた。
このミサイルは推進剤に酸化剤が80%の過酸化水素甲液か乙液を、燃料にはメチルアルコールと水化ヒドラジンの混合でZ液もしくはC液を用いた。
このロケットエンジンは終戦直前には燃焼実験を終えており、終戦翌日が量産型エンジンの地上試験予定日だった。
奮龍4型の試作機は横須賀工廠で製作され、エンジンに関しては長崎兵器製作所が担当、量産型の設計・製造は川西航空機に決定していた。
こうして実働体制が整いつつあったが、実戦前に終戦となり、その力を発揮する場面は永遠に失われた。
奮龍は初期には速度に問題があったが、後にほぼ要求値に達していたらしい。
奮龍2型・性能諸元
全長:2.4m
直径:0.3m
翼幅:0.96m
誘導方式:指令
推進方式:固体
射程:5000m
奮龍4型・性能諸元
全長:4m
直径:0.60m
翼幅:1.6m
発射重量:1900s
誘導方式:ビームライディング
推進方式:液体
射程:25000m
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